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自分自身でモチベーションをあげようと思ってはいけない

もうだいぶ前になってしまったが、以下二つのエントリーを興味深く読んだ。

研究に対する情熱や愛が死んだ - 職質アンチパターン

承認欲求で研究者にはなれません - eddgar's field

 

研究者は孤独だ。一生懸命研究して、論文を書いても、匿名のレビューワーからかなり厳しいコメントをされて論文を落とされたりする。重要だと思う仕事について、興味を共有しているコミュニティで高い評価をもらっても、ちょっと外れた分野の研究者からは「でもそれってXXだし全然面白くないよね!」といわれたりする。研究をしていると、他人から直接的に厳しいフィードバックをもらうことは多々ある。それでも一喜一憂せず、研究を続けていくというのが大事なのだろう。

研究を続けるモチベーションはサイエンスに対する純粋な興味であるべきで、そうでないと長く続けていくことは難しいのかもしれない。それでも、自分の仕事や行いについてフィードバックを受けたり、ほめてもらったり、感謝されることを期待するのは、わがままや甘えではないはずだ。というよりも、むしろ、厳しい評価をもらうことの多い研究者であるからこそ、些細なことに感謝されたりしていいんじゃないか、とさえ思う。

研究ツールを開発するなど、何か貢献があれば、ラボメンバーから感謝されるべきだし、改善点なども伝えてもらう権利がある。周りの研究者を見ていていると、長い間研究者として走り続けるためには、承認欲求をうまく満たしてくれる、マネジメント能力に優れたボス・シニアメンバーがいるラボに行くのが良さそうに思う。褒め下手・おだて下手のボスで、良い学生が育ったのを見たことはあまりない。(例外はもちろんある。超・スーパーエリートが集まるラボだと、ボスは最悪・意地悪なやつでも、ラボのスーパーエリートポスドクが、賢いエリートPhD学生を教育する、というパターンだと割といい人が育っているように見える。)

モチベーション管理について、ラボのシニアポスドクから言われた言葉がある。

"You shouldn't think you can motivate yourself, it's what we can do for you."

 

そしてさらに、もしサイエンスをやめたくなったり、研究に対するモチベーションが下がっているとき、自分自身だけで解決しようと思うな、困ったらボスや自分の所に来て、やる気がでない、うまくいかないと相談するのは当たり前のことだ、だってそれが僕たちの仕事なのだから、という趣旨のことを言われた。研究者は、自分自身で作業することの方が多い一方で、ボスやら他の研究者やらとやり取りすることも案外多い。もちろん、研究を続ける第一のモチベーションは自分自身の好奇心かもしれないけれど、これをコントロールするのは案外難しい。モチベーションをあげてもらえるような仕組みがあるところに行くというのは、ラボ選びに関して実は一番大事なのかもしれない。

脳科学のテーブル (学術選書)

脳科学のテーブル (学術選書)

  • 作者: 日本神経回路学会,外山敬介,篠本滋,甘利俊一
  • 出版社/メーカー: 京都大学学術出版会
  • 発売日: 2008/04
  • メディア: 単行本
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 この本は研究者(理論神経科学?という分野だろうか)がざっくばらんにシステム神経科学・統計物理神経科学関連のことを語るという本で、良いボス悪いボスの話がちらと出てくる。その中の一節(61ページ)

ところがホジキンというのはそうじゃないらしい。江崎さんに言わせると、ハクスリーは正直すぎて、研究者が育たない。ハクスリーにはいい弟子がいない。ホジキンはおだて上手で、いい研究者が育っている。だから正直は良し悪しだと。

 ホジキンとハクスリーというのはノーベル生理学・医学賞を取った研究者(二人ともイギリス人で、ホジキンはロンドンにいたこともある)で、一緒に仕事をしているが、対照的な二人だったのかもしれない。おだて上手のボスのところにはいい弟子が育つ、というのはありそうな感じがする。もちろん、何でもかんでもほめればいいのではないけれど。

ほめるといえば、

素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術 (PHP文庫)

素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術 (PHP文庫)

 

カーネギーメロン大の金出武雄教授は、なかなかいい研究テーマにが見つからない学生に対して、「できる奴ほどよく悩む」という殺し文句を囁くそうだ。こう言われたらやる気出るだろうなというのは、周りの同僚と接していても実感がある。

 

もちろん、承認欲求を満たすために研究者になるのは割にあわなさすぎる、ということは皆知っているだろう。その一方で、実際のところ、研究者というのは、潜在的に承認欲求が高い人たちではないかと思うことがある。ほとんどすべての研究者が、少しでもImpact factorの高い雑誌を目指して頑張る(例え研究の内容がどうであっても)し、Twitterやったりブログを書いたりはてぶに存在する研究者は多い。これは普段研究の内容に厳しいコメントをもらったり、レビューワーからの厳しい査読結果に傷ついているというのもあるし、時間の融通が効く(解析の待ち時間にちょこちょこネットやる、など)というのもあるかもしれない。が、ひょっとすると、研究者というのは元々承認欲求が高い人が結構多いというのもありえるのではないかという気もしている。いずれにせよ、ネットの中の人は、レビューワーよりもずっと優しいのだ。