イギリスでの事務手続きはぐたぐただけどそれがいい

私のボスは、私たちが所属している研究機関のセンター長をしている。そのため、そこで働く人たちから様々な「お伺い」のメールが来るのだけど、その対応にいろいろ思い悩むところがあるようだ。

ある研究者の一人から、「自転車置き場ではなく、建物の中に自転車を置くことを許可してほしい」というお願いがメールで来た。そのメールによると、彼の使っている自転車はかなりの高級品らしく、共用の自転車置き場に置いておくのでは心もとないので、居室かその前の廊下に置きたい、ということだった。

防災の観点から考えれば、これは好ましくないことだ。火事などの緊急事態が発生したとき、皆が素早く避難しなければならないが、自転車はその避難の妨げになる可能性があるからだ。その建物の責任者は、防災時の対応などについても責任を持つ必要があるので、防災上問題になりそうなことに対して、許可を出すわけにはいかないのだ。

しかし、ボスはこうも言っていた。正直、自分の自転車を自分のオフィスの中に持ち込むことについて、とやかく言うつもりはない。自転車が高ければ盗難リスクがあるし、火事のリスクよりも盗難リスクの方が高い(うちのオフィスには、火の出るようなものは基本的にはない)ので、自転車をオフィスに持ち込むのは構わないと思っている、と。

しかし、私のボスは、問い合わせに対し、許可することはできない、という返事を出した。その理由は、「空気を読んでこっそりやってくれればいいものを、わざわざ許可をと言われると、Noと言わざるを得ない」ということだった。

たしかに、万一問題が起こったとき、「許可をもらったんです!」と言われれば、所長であるうちのボスの責任になってしまう。こうなると、ボスもリスクを避けるため、杓子定規にルールを解釈せざるをえない。何も聞かなければ黙認はしてやっておいたものを、わざわざ聞かれたからNoという返事をした、ということだ。実際、他の空気の読める同僚たちは、堂々と自転車を部屋に持ち込んでるし、それを見てもボスは何も言わない。

イギリスの事務手続きやルールの解釈は、結構適当だ。でも適当なのは実は良いこともあるのだ。この自転車事件のように、空気を読み裏を読み、皆がうまく得をするようにバランスを取って動くことが求められる場面があったり、交渉するときに、事務の担当者と駆け引きをする余地が案外多かったりするのも、この適当さのおかげ(適当さとは、現場裁量ということかも)。

たとえば、私の知り合いが、ロイズ銀行で銀行口座を開こうとした時、住所の証明が無くて口座を開くのに苦労したが、交渉の末、NHS(国民保険制度)の登録カードで許してもらえたと言っていた。イギリスで銀行口座を開くには、住所を証明できるものが必要なのだが、これを取るためには、フラットシェアの場合は相当苦労する(公共料金の引き落としが、自分宛にならないため)。彼女は、住所を証明できる書類を用意できず、銀行の担当者に何度も断られた(私も経験あり)。彼女は何度も銀行に通い、担当者と仲良くなり、「本当はダメだけど...」と言われつつ、NHSのカードで口座を開いたそうだ。日本だと、確認書類がそろっていなければ口座は開けないだろうから、ちょっとイメージしづらいかもしれない。どうも、その銀行の支店長に与えられる裁量権が、ある意味、日本よりも大きいということなのだろう。

さらに、私の同僚は、Bench fee(大学への在籍料のこと。Fellowsihpなどをもらっているなど、給与が大学から支払われていない研究者は、研究費などを取り、このBench feeというものを払わなければならない)を払っていないと言っていた。払ってーと言ってくる事務の人をのらりくらりとかわし続け、とうとう別の研究所に先日移っていった。おそらく、うまく逃げおおせたのだろう。これは本当はいけないことなのだろうけど、まあ、よく聞く話だ(逆に、事務の人に嫌われて、bench feeを余計に請求されたかわいそうな人もいる)。

なかなか事務手続きがすすまなくてイライラする、というのはイギリス生活でよく聞く話だけれども、これを逆手にとることを考えれば、いろいろメリットが多いシステムなのかもしれない。